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ウイーンの親切なタクシー運転手さん
宇津 威
私は、統計力学や熱力学で出てくるエントロピーという概念が好きで、全ての
世の中の現象はこの概念で説明出来ると考えていますが、このエントロピーと確率との関係を発見し、
統計力学の基礎を作ったウイーン生まれの物理学者、ルードリッヒ・ボルツマンのお墓を尋ねたいと、
退職した年(1996年)の9月に、女房と二人で「ウイーン音楽宮殿とスイス・パリ八日間」という ツア ーに参加したことがあります。
その日は、午前中はウイーン市内観光、夜は音楽宮殿で弦楽四重奏を聞きながら、ディナーを楽
しむことになっていました。その間、午後の4時間程が自由時間になっていましたので、ボルツマンの
お墓のある中央墓地に二人で出かけることにしました。 ガイドさんから良く道順を教えて
もらって市電に乗ったのですが、何処をどう間違えたか、反対方向のウイーン中央駅に来てしまいまし
た。そこで、冒険を諦め、タクシーにしようと、タクシー乗り場を探しました。運良く広場の向かい側
に客待ちらしいタクシーが1台見つかりました。運転手さんに中央墓地までの往復料金を見積もっても
らったら、3千円くらいだったので、OKとばかり乗り込みました。行く先は、ボルツマンのお墓と言
ってもわからないと思い、中央墓地のシュウベルトのお墓までと頼みました。
私の読んだ統計力学入門の本には「ボルツマンのお墓は、シュウベルトやベートーベンらの楽聖
のお墓から数ヤードの所にある」と書いてありましたから、そこまで案内してもらえばすぐわかると、
たかをくくっていたのです。
中央墓地は、入り口が幾つもある広大な墓地でした。中に入っ
て、楽聖のお墓群の前で下ろしてもらい、運転手さんには待っていてくれる様に頼んで、女房と二人で
ボルツマンのお墓を探し始めました。シュウベルトやベートーベン、その他楽聖のお墓はすぐに見つか
ったのですが、肝心のボルツマンのお墓が見つかりません。 お墓の周りは高い樅の木が生い茂っ
ていて、見通しが利かないのです。お墓参りに来ているらしい地元の人に尋ねても「ソリー」と言われ
るだけで教えて貰えません。ここへ来るまでに、大分道草を食って時間をロスし ていましたし、曇り
空からは、ぽつり、ぽつりと雨さえ降りはじめて来ました。
焦りから大汗がわいてきます。
折角ここまで来て、目的を果たせないのでは悔いが残ります。これはもうタクシーの運転手さんに頼る
しかないと、車に戻り、その旨を言いました。運転手さんは、待っていろと言って、先ほど入ってきた
中央口の案内所に車を走らせ、聞いてきてくれました。それによると、科学者の墓地群は、楽聖の墓地
群からは道路を隔てた反対側にあるというのです。それでは見つからない筈と、元気を取り戻して反対
側に入ったのですが、やはり木立で見通しが利かないため、すぐ自分の位置がわからなくなって、同じ
所を堂堂めぐりしてしまうのです。また大汗をかいて車に戻り、運転手さんに助けを求めました。
大分私はしょげ返っていたと思います。彼は車を降りて、「ここからずっと向こうの端まで、
私は右側を探して行くから、お客さんは左側を探して平行して行こう」とローラー作戦を取ることを
提案してくれました。女房と二人で次ぎから次ぎへと木立の中のお墓を探して行くのですが、見つかり
ません。楽聖のお墓群から離れすぎる様に思え、こんなに離れている筈はないのでは、見落としたんで はないか、などと不安になり、戻ったりする始末でした。
その時、うろうろしている私達に、運転手さんの遠くで呼ぶ声が聞こえました。見つかったらしい
と喜んで、声の方へ駆けて行きました。運転手さんの指指す前に、ありました、ありました! 本で見
た通りの、ボルツマンの胸像のあるお墓、墓碑の上には、S=klogWという数式が刻まれていまし た。
それは楽聖群のお墓から数ヤードどころか、百ヤード以上は離れたその区画のはずれでした。
綺麗に清掃され、花も咲いている手入れの行き届いたお墓でした。お墓の前で写真を撮り、お参り
をしてほっと胸をなでおろしました。そんな我々を運転手さんは笑顔で見つめていてくれました。この
運転手さんは、もと阪神にいたバースの様な感じの髭面の男性で、帰りの車では、カンツオーネが好き だと言ってテープでイタリア民謡を聴いていました。
この親切な運転手さんのおかげで、長年の望みがかない、晴れ晴れとした気持ちで、その夜の音楽宮殿
でのディナーを楽しむことが出来ました。世界中何処にも親切な人はいるものだと思いました。
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