
(皆川直司、田中 昭、 八巻秀雄 作成)
会瀬地方は、古くから開けており 常陸国風土記では日本武尊が お后と逢った 故事から「逢鹿(あいが)」の名で紹介 されています。 元禄11年、水戸光圀はこの話からここを 「会瀬(おおせ)」と 改名しました。 (左写真は新山の磯) 会瀬には「会瀬八景」があります。 瀬谷義彦茨城大学名誉教授によると19世紀 はじめに御先祖が書かれた「会瀬旧述」に 出てくるという事です。 これは平成7年に会瀬学区市民運動推進会で発行した地域マップ「神話の里おおせ」 に載せられています。 現在では昔とは風景が変わっていますが、地域マップを作られた皆川直司さんのご案内で 紹介することにします。
参考文献: 瀬谷義彦著「日立市余話」(昭和61年)の中の「忘れられた八景」、 会瀬地域教育振興会編「ふるさと会瀬」(平成6年)、瀬谷房之助氏著 「地名を訪ねて2」(昭和62年)、日立市郷土博物館編「日立の絵はがき紀行」 (平成9年)。 なお引用文献の著者の方々には厚く御礼申し上げます。![]()
会瀬八景の位置
「ふるさと会瀬」の中にかつての会瀬のマップが出ています。 これから会瀬八景に関連した地名を拾ったのが下図です。 会瀬港の堤防から眺めた現在の風景は下のボタンをクリックすると見られます。ここに八景の推定位置を 番号@−Gで示しました。 @ 港中の泊船 A 七夕の会瀬 B 鵜島の釣漁 C 御山の涼風 D 坊崎の常雫 E 伊勢崎の松 F 端崎の砂山 G 女夫の瀑布
![]()
次港中の泊船へきららホームページ/会瀬の表紙へ戻る /